子育ての価値観や親との関係は、家庭によって、それぞれ違うと思いますが、私は、一軒家でもアパートでも、その家が『帰りたい場所か』と思えるか、と言うところが、大切なのではないかと思います。
仕事に懸命で倹約家だった父
父は仕事に一生懸命で、あまり家にはいない人でした。家にいる時も、仕事で疲れて寝ていることが多かったです。父としては、大きな家を買い、家族を養うことが大きな目標だったように思います。
しかし、家族に対しては怒ることが多く、私は母や姉妹が悲しんだり困ったりするのを見るのが苦しかったです。
子ども達が大人になってから分かったこと
大人になった子ども達は、父がいる家には集まろうとはしません。それは、父が昔と変わっておらず、気に食わないことがあると暴言をまき散らすからです。暴言が効かないと分かると、未だに暴れます。いつ機嫌を損ねるかと落ち着けない、そんな家には、子ども達は帰りたくないのだと思います。
思えば、父の教育法は、子どものためと言いつつ、全て『自分の考え』が大事だったように思います。子どもを買い物に連れて行くのも、父が行きたい時、父の好きな歴史を長時間語るのも、父がそうしたいから。往復ビンタをされながら怒られた時も、父は私の考えを聞いてくれなかったです。何でも自分の考えを押しつけるような人なので、子どもの時からとても息苦しかったです。
子育てにおいて大切なことの1つは、子どもが『自分は大切に想われ、大切にされている』と感じることだと思うのですが、私は父から、それを感じることは殆どありませんでした。
愛されている母
母だけが実家にいる時は、みな家に集まります。私も、外出を控えなければならなくなるまでは、実家に帰った時の、家族団らんの時間が大好きでした。
今年で子ども達はみな実家を出てしまいますが、子ども達はみな、母には頻繁に会いたいと思っています。私は母と子ども達で、正月に集まってワイワイやるのが楽しみです。
むすび
今回親の事を振り返り、『子どもが帰ってきたいと思える雰囲気を作るためには、大人の日々の関わり方が大切』と言うことを学びました。
父の残念なところは、長女が生まれ、末っ子が成人するまでの30年間、養育方針を変えられなかったことです。
子どもに暴力を振るってしまった、子どもを怒って、傷つけてしまったと後悔したら、考えたり学び直して、改善していけばいい。生きていれば何度でもやり直しがきくと思います。でも、父にはその姿勢は全く感じません。だから、子ども達は父のいる実家には帰りたくないのです。